不安の記事の10回目です。今回で、不安の「正体」を知るための話は、ひとまずの区切りとなります。
前回の不安の記事はこちらです。
さて、突然ですが、次の2つについて想像してみてください。
A: 曲がり角から、猛スピードの車が突っ込んできた時のドキドキ。
B: 来週に控えた、大事なプレゼンのことを考えた時のドキドキ。
私たちは、どちらの感情も「怖い」という一言で表現しがちです。しかし、この2つのドキドキは、似ているようで全くの別物です。
今回は、「恐怖」と「不安」の違いを知ることで、心の中で起きていることを、より正確に理解していこうと思います。
「恐怖」と「不安」を見分けるポイント
2つの感情を区別するポイントは、とてもシンプルです。
その怖いと感じる対象が、今、目の前にあるかどうかです。
恐怖 (Fear) とは、今、目の前にある、具体的でハッキリした危険への反応です。先ほどの例で言えば、猛スピードの車(A)がこれにあたります。恐怖は、その場から「逃げる・闘う」といった、即座の行動を引き出すための、緊急非常ベルのような役割を持っています。
不安 (Anxiety) とは、まだ起きていない、不確かで漠然とした未来の危険への反応です。
「来週のプレゼンで失敗するかもしれない」「このまま症状が悪化したらどうしよう」というように、感情そのものは「今」感じていても、その心配の矢印は「未来」に向いているのが特徴です。不安は、未来に備えて準備や計画を促すための、私たちの心に備わった警報装置です。
「恐怖」にも種類がある
ここで、もう少しだけ話を深めます。「恐怖」という感情の中にも、実は2つの種類があります。
一つは、合理的な恐怖です。
誰が見ても明らかに危険なもの(暴走車、火事、刃物を持った人など)に対する、正常で健康な反応です。この場合、「逃げる・避ける」という行動は、命を守るための絶対的な正解です。
もう一つは、過剰な(不合理な)恐怖です。
本来、命の危険はないか、危険度が極めて低いにもかかわらず、心が「極めて危険だ」と誤って判断してしまう反応です。特定の場所(高所、狭い場所)や生き物、状況(人前で話すこと)などに対して、過剰な恐怖を感じる場合がこれにあたり、一般的に「恐怖症(フォビア)」と呼ばれます。
なぜ、この区別が重要なのか
なぜ、こんなに細かく感情を区別する必要があるのでしょうか。
それは、感情の種類によって、取るべき対処法の方向性が全く違ってくるからです。
合理的な恐怖には、「逃げる・避ける」が正解です。
しかし、不安や過剰な恐怖(恐怖症)に対して「逃げる・避ける」という行動をとると、かえって悪化してしまいます。これらの感情には、安全な状況で行動したり、あえて直面したりすることで、「大丈夫だった」と学ぶことが有効になります。
「不安」と「過剰な恐怖」は、「脅威を過大評価している」点や、「避ければ避けるほど悪化する」という仕組みが、非常によく似ています。
それでも、最初に「怖いものは具体的か、漠然としているか」という区別をしたのは、心のモヤモヤに、より正確な“名前”をつけてあげるためです。
「なんだか分からないけど怖い」という状態から、「これは、将来に対する“不安”なんだな」あるいは「これは、特定の対象への“過剰な恐怖”なんだな」と名前がつくことで、その正体と冷静に向き合う準備ができます。
これまでの記事のまとめ
これまで10回にわたり、不安とは何か、その仕組みや種類についてお話ししてきました。
不安の正体を知り、自分の感情に「不安」や「恐怖」といった適切な名前をつけてあげることは、漠然とした苦しみと向き合うための、とても大切な第一歩です。
自分の心の中で何が起きているのかが分かれば、次にとるべき行動も考えやすくなります。
次回からは、これまで学んだ知識を土台にして、日常の様々な場面で使える、より実践的な対処法や考え方のコツについて、具体的にお話ししていきたいと思います。
オンラインカウンセリング『心理相談室ちゃのま』では、さまざまな不安についてのご相談をお受けしています。ご自身では対処することが難しいと感じられている方は、お気軽にご連絡ください。